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JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。 2021.8 NO.525
握力を維持するために、
 手指の動きを維持しましょう



リハビリテーション中伊豆温泉病院

作業療法科

二之宮 篤子

はじめに
 スポーツ庁が毎年行っている体力・運動能力調査1)によると、握力は男性で30歳代前半、女性で40歳代前半にピークとなり、そこから加齢とともに緩やかに低下します(図1)。年齢を重ねてもトレーニングすれば筋力強化はできますが、今回は握力を発揮するための手指の動きについてお話しします。


 タオル絞りやビンの蓋開けに難儀することはありませんか? こういった状況には視力低下や感覚障害など様々な要因が考えられますが、指の第一関節が曲げづらくなって握力が低下している場合も多いです。手指の末端、第一関節が曲がらない手では握力が低下することが報告されています2)。遠位指節骨間関節、略してDIP関節というこの関節は、物を強く握りこむときに重要な役割を果たします。日常の困難を予防するために、手指の末端まで意識を向けてみませんか。

握力の成り立ち
 人の手には多くの筋肉がついています。手関節を区切りとして、肘関節から手関節をまたいで手指まで伸びる「前腕の筋」、手関節をまたがないで手指や手根骨の間を結んでいる 「手の筋」に分けられます(図2)。



 握力を強く発揮するには、「前腕の筋」と「手の筋」が協同して働くことが重要です。
 「前腕の筋」は筋力を発揮する原動力であり、筋腹と腱に分けられます。握力強化のトレーニング方法でダンベルやペットボトルを持って手首を曲げ伸ばしする方法がありますが、これは筋腹での筋肉量を増やしています。しかし末端の関節が硬くなっている場合や、末端の関節を動かす腱が十分に働かないときには、筋腹の収縮力を十分に伝達することができません。関節一つずつの可動域や腱の動き(専門用語では腱の滑走と言います)が維持されて初めて、筋腹の収縮を手指の末端で機能させることができます。
 さらに、「前腕の筋」には関節を屈曲方向に動かす屈筋群と伸展や外転(外側に広げる)方向に動かす伸筋群があります。「手の筋」は五本の指がバランスよく位置するための土台として機能します。これには外転筋群と内転(内側に寄せる)筋群、屈筋があります。
 そして親指には、人の手の特徴である対立筋があります。今回はこれらの筋肉をまんべんなく動かし、関節の可動域や腱の滑走を維持させる体操をご紹介します。
  

手の体操
 手指の関節にはそれぞれ名称があります(図3)。この関節一つずつ、運動方向一つずつに筋肉がついています。
 関節を構成する組織には、筋力を末梢に伝達する腱や、関節の安定性を担保している靱帯、関節内部のクッション材である関節軟骨があります。自分の筋力に見合わない重量でトレーニングすると、これらの組織を損傷させることもあります。筋力強化の前に、こうした手指の体操を取り入れていただきたいと思います(図4)。





握力に関する話題
●歩行能力との関係
 地域の転倒予防セミナーでロコモティブシンドロームとされた方々を対象にした研究では、体重増加や歩行速度の低下に加えて、握力低下が見られたことが報告されています4)
 また、地域の介護予防教室に通う方々を対象にした研究では、通ってから一年後の握力向上と歩幅の大きさや転倒スコアの改善に相関があったことが報告されています5)
 握力だけを鍛えれば歩行能力の向上に直結するということではありませんが、加齢とともに生じる全身の筋肉の衰えは握力にも表れるということです。日々の生活の中で、物を落としたりし始めたときには、全身的に筋力低下が始まっているという気づきにつながると言えます。

●嚥下機能との関係
 高齢者の舌圧(舌を上顎に押し上げる力)を計測した研究では、舌圧と握力が緩やかに相関することが報告されています6)
 つまり、握力の強い人ほど、食事の際に食べ物を飲み込むときの舌の動きも強いという関係です。これは高齢者だけでなく、若い女性を対象にした研究でも握力と舌圧が相関したと報告されています7)
  この点も、握力を鍛えれば飲み込みの力に直結するということではありませんが、握力低下と嚥下機能低下は併行していると理解することができます。

●肺活量との関係
 呼吸機能の指標である肺活量と握力の関係を調べた研究もあります。
 自立した生活を送っている65歳以上の方を対象にした調査では、肺活量と握力には高い相関関係が見られ、統計学的には握力は肺活量の予測因子と言えると報告されています8)
 オーストラリアでは、30歳以下の医学生を対象にして同様の調査が行われ、握力は肺活量と高く相関していたと述べられています9)。世代に関わらず、握力の低下は呼吸機能の低下と関連していることがわかります。

●精神面や認知機能面との関係
 40~79歳までの方を対象に一年間にわたって握力とストレス測定を行った研究では、握力の低下と抑うつ症状は調査開始時も一年後も関連していました10)。
 また60歳以上の方を対象に10年間にわたって認知機能と握力を測定した研究では、調査開始時も10年後も握力の低い群は高い群と比較して認知機能の低下が見られたと報告されています11)

終わりに
 握力はさまざまな機能と関連しています。加齢とともに低下する握力を維持するために、まずは手指の動きを維持したいです。
 日々の生活では手指全てを大きく動かす機会はそれほどありません。手指の関節一つずつを動かして、日常の困難を増やさないように心がけたいです。


参考文献:
1 令和元年度体力・運動能力調査結果の概要及び報告書.スポーツ庁ホームページより抜粋.
 https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/toukei/chousa04/tairyoku/kekka/k_
detail/1421920_00001.htm
2 Kitty W, et al. The effect of simulated total distal interpharangeal joint stiffness on gripstrength. Plastic Surgery, 26(3); 160-164, 2018.
3 青木光広.解剖からアプローチするからだの機能と運動療法 上肢・体幹.121-122,メジカルビュー社.2013.
4 新開由香理,他.ロコチェック陽性に関連する要因の検討.日本農村医学会雑誌68; 588-594, 2020.
5 稲垣圭吾,他.要介護ハイリスク高齢者の一年間の変化における握力と歩行機能,転倒要因,健康関連QOLの関連性.日本転倒予防学会誌 7; 43-51, 2020.
6 中東教江,他.高齢者の舌圧が握力および食形態に及ぼす影響.日本栄養士会雑誌 58;44-47, 2015.
7 小山未来恵,他.女子学生における最大舌圧と運動機能の関連.日本口腔保健学雑誌 9;2-9, 2019.
8 前田拓也,他.日本人地域在住高齢者の呼吸機能は筋力,移動能力,認知機能と関連する.理学療法学 48(1); 29-36, 2021.
9 Mgbemena NC, et al. Prediction of lung function using handgrip strength in healthyyoung adults. Physiol Rep 7(1); e13960, 2019.
10 Fukumori N, et al. Association between hand-grip strength and depressive symptoms:Locomotive Syndrome and Health Outcomes in Aizu Cohort Study (LOHAS). Age andAgeing 44; 592–598, 2015.
11 Chou MY, et al. Role of gait speed and grip strength in predicting 10-year
cognitive decline among community-dwelling older people. BMC Geriatrics 19;
186, 2019.
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