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JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。 2020.8 NO.513
嚥下障害を予防・改善するセルフケア


リハビリテーション中伊豆温泉病院

言語療法科

白井 ひとみ

はじめに
 少し前までは、日本人の三大死因といえば「がん」「心疾患」「脳血管疾患」が定番でした。しかし、2011年に「肺炎」が「脳血管疾患」を上回り第3位となり、それ以降現在に至るまで肺炎による死亡者数は年々増える一方となっています。肺炎で亡くなる方の95%は65歳以上の高齢者であり、その中でも最も多いのが「誤嚥性肺炎」であり、約7割を占めています(図1)。

図1


 「誤嚥」とは、本来であれば食道に送られるべき飲食物や唾液が、誤って気管や肺に入ってしまうということを言います。誤嚥の原因のほとんどが「のど」の筋肉の衰えです。飲み込む力が落ちていない若い人であれば、気管に異物が入っても、むせたり咳き込んだりすることで異物を吐き出せるため、誤嚥性肺炎にはかかりにくいのですが、体が弱った高齢者については出来ていたはずの飲み込む動作や防御反応が出来なくなってしまうため、誤嚥したものが肺で腐敗して炎症を引き起こしてしまいます。高齢であればある程、病原体に対する抵抗力も低くなるので、細菌が肺の中で繁殖しやすくなり、更に症状が出にくくなるために発見されづらく、自覚症状も少ないため肺炎はどんどん悪化し、ついには息もできなくなってしまうのです。
 誤嚥性肺炎を予防するには、誤嚥しないよう「飲み込む力」を鍛えるということが最も大切です。今回は誰でも「飲み込む力」を鍛える事が出来るトレーニングをご紹介いたします。

「のど」の筋力の衰え→「飲み込む力」の低下
 「飲み込む力」の低下がなぜ起こるのかについてお話します。
 若いころと比べて中年以降体型が崩れてきた…。二の腕やおなかのたるみが気になる…。そんな風に感じることはありませんか?
 人の筋肉は年をとるにつれて、少しずつ減少していきます。「のど」の筋肉も例外ではありません。
 「のど」の筋力は40代以降から低下し始めると言われていて、その衰えは喉仏の位置をみると一目瞭然です。20代と70代の人の喉仏の位置を比べると明らかに70代の人の喉仏は下がっているのがわかります。「飲み込む力」の低下は、この喉仏を支えていた筋肉の衰えが大きな原因といえるのです。
 まだ食べ物をしっかり飲み込めると思っているうちは「飲み込めなくなってから対処すればいい」と思うかもしれませんが、「飲み込む力」は衰え始めても、なかなか気づきにくいため、おかしいと思う頃にはもう手遅れになっていることが多いのです。そして、気がつくと食べ物が飲み込めなくなり、必要な栄養をとることが出来なくなる重症の「嚥下障害」に陥ってしまいます。
 人の「のど」は、喉仏のあたりを境に、肺へ繋がる気管と胃に繋がる食道の二股に分かれており、食べ物を飲み込んだ際は気管に飲食物が流れ込まないように、フタが閉まるようになっています。ところが、「のど」の筋力が落ち喉仏の位置が下がった状態だと、このフタが上手く閉まらず隙間ができてしまい、この隙間から異物が肺に流れ込んでしまうのです。
 飲み込む動作を上手く行うためには「筋力」「感覚」「タイミング」が重要ですが、これらは年齢とともに鈍ってきます。味がわからなくなったり、口に食べ物を入れた時に感じる熱さや冷たさに対しても鈍感になったり…。気管に異物が侵入した時、感覚が鋭ければすぐに吐き出そうと咳が出ますが、鈍くなるとこの反応がすぐに起こせなくなります。そして筋力が低下すると、飲み込むタイミングに遅れが生じ、誤嚥する確率は上がってくるのです(図2、3)。
 のどの筋力も足の筋力と同じように、トレーニングによって維持することが可能です。老化により低下していくものとあきらめずに、いかに衰えさせずキープするかが肝心であるといえます。

図2


図3


「のど」を意識的に動かして
 人は、無意識のうちに1日500〜1000回も飲み込む動作を行っています。これだけの回数、飲み込むための筋肉を使っても「飲み込む力」が低下していってしまうのは、負荷が弱いためです。筋肉は、適度な負荷がかからないと成長しません。適度な負荷とは、少し疲れるくらいの運動の強さを指します。つまり、日々の生活の中で無意識に行っている飲み込む動作だけでは、筋肉は衰えてしまうのです。
 では、どうすればしっかりと飲み込める「のど」を維持できるのか。それには自分の意思で「のど」をタイミングよく動かすことが出来なければなりません。
 「のど」を意識的に動かせるようになるだけで、「のど」のパワーは上がります。これから「飲み込む力」を維持するためのトレーニングを紹介します。

「のど」上げ体操
 ☆「水なしごっくんトレーニング」
 普段、無意識に飲み込んでいる動作を意識的に出来るようにします。最初は水を使って飲み込む動作を確認し、最終的に水なしでも飲み込む動作を出来るようになりましょう。



「のどの上げ下げトレーニング」
 飲み込むことを意識せずに、「のど」を動かせるようにします。「のど」を「下げる」という動きは意外に難しいかもしれませんが、まずは「のどを上げて力を抜く」動きを繰り返すだけでもいいと思います。意識してのどを上下させ、少しずつ動かせる幅を広げていきましょう。
「のど上げキープトレーニング」
 「のど」を上げた状態をキープし、喉仏を支える筋肉に負荷をかけます。最初は少量の水を使って、慣れてきたら水なしでも「のど」を上げたまま止められるようになりましょう。最初のうちは2〜3秒から、10秒を目指してがんばってみましょう



プラストレーニング
 「飲み込む力」の維持に最も重要なことは、「のど」を上げる筋肉です。しかし、それ以外にも噛む力や呼吸に必要な力を鍛えることで総合的に「飲み込む力」を向上させることができます。食べるために必要な、「のど」以外の能力を高めるためのトレーニングについても一部紹介します。
「舌を動かす力」をキープする
 舌を前後左右へ動かしたり、舌の形を変えたりする力を鍛えます。
 舌の動きは食べ物を飲み込むために重要な役割を持っており、口の中にある食べ物を飲み込みやすい形にまとめて「のど」の空間に送り込んだり、効率よく噛めるように歯のある場所に食べ物を運んだりします。舌を口の中でただ動かすよりも、スプーンを使うことでさらに負荷を高めたトレーニングです。1〜4までの動きをバランス良く鍛えましょう。
「強い咳を出す力」をキープする
 ペットボトルの空き容器を使い、ふくらませたり、しぼませたりするトレーニングです。「飲み込む力」や異物を「吐き出す力」にも関わる肺活量を効率的に鍛えられます。



おわりに
 誤嚥性肺炎は、肺に飲食物を誤って飲み込んでしまうことが続く限り肺炎を引き起こす可能性があります。はじめは軽い炎症で済んでもその積み重ねにより徐々に肺を蝕み症状が悪化していきます。誤嚥性肺炎を発症した場合、1年以内の死亡率は17%、2年以内だと50%という報告があります。この死亡率は進行性のがんと同等の数字です。健康なうちから「飲み込む力」を鍛えて、いつまでもおいしく食べられる「のど」をキープしていきましょう。

〈参考文献〉
厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/index.html.



JA-shizuokakouseiren.