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JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。
2020.6
NO.511
リウマチとウイルスの関係
~私達の身体に共存するウイルスとの免疫応答~
静岡厚生病院
リウマチ科
坪井声示,松本拓也

はじめに
 リウマチという病気にウイルスがどんな影響を与えているかをお話したいと思います。関節リウマチを発症すると、膝・手指・手首などの腫れて痛い関節で、持続的に強い炎症が起こります。関節リウマチの原因は、リウマチの進行を抑制できるようになった今でも不明です。
 しかしここ20年間で、炎症・免疫の過剰な状態を起こす一連の物質がわかり、それら(炎症性サイトカイン・T細胞など)を人為的に抑制・調整することにより、炎症・免疫の過剰な状態を鎮静化・正常化することが可能となり、リウマチの治療は劇的に向上しました。最近では、外来で車椅子の患者さんを見かけることはほとんどなくなりました。

関節リウマチの原因はウイルスか? 1980年代
 一般にインフルエンザウイルスが体内に入ると熱が出て、節々が痛み、身体がだるくなるのは、いわゆる炎症が起こっているからで、「炎症性サイトカイン」が働いています。
 私が医師になった1980年頃は、関節リウマチは徐々に関節が変形して寝たきりになる可能性のある、しかも有効な治療法がない難病でした。電子顕微鏡を使っても眼に見えないウイルスもあり、もしかしたら関節リウマチの原因も見えないウイルスかもしれません。リウマチ患者さんの血液では、リウマチ診断の手引きにもなっているリウマチ因子という物質の上昇が高頻度にみられ、しかもリウマチ因子が高い患者さんでは、リウマチの症状が重いと言われています。
 リウマチ因子は、感染症で作られるグロブリンという蛋白質が変性して出来る物質であったので、40年前盛んにリウマチ因子生成について、また眼に見えない感染原・リウマチ原因としてのウイルスについて研究がなされていました。

EBウイルス=関節リウマチの原因説が考えられた
 私がリウマチの治療にかかわり始めた頃、上司に慢性関節リウマチ(2002年までは、慢性関節リウマチという命名であった)とEBウイルスの文献を読むように言われました。EBウイルスは、1964年ウガンダの外科医デニス・バーキットが、リンパ節が腫れる小児の新しい病気を見つけ、患者検体からマイケル・エプスタインらが血清、抗体を確認して発見されたウイルスで両名の名を冠してEBウイルス(EBV)と呼びます。電子顕微鏡でEBウイルスを抗体で染めて見ることが出来るようになり、ウイルスはリンパ節に親和性(くっつき易さ)を持つことが分かりました。感染時に時々倦怠感があり、伝染性単核球症という発熱・リンパ節が腫れる病気をごく一部の人に起こします。
 まず関節リウマチ患者さんにEBウイルス感染が多いかどうかを調べるため、EBVの抗体値が健常者と比べてリウマチ患者に多いかどうかを調べました。
 最近でも新型コロナウイルスの抗体値を調べたことが話題になりました。アメリカで健康な人3,000人の新型コロナウイルスの抗体を調べたら17%の人に陽性反応が出たというものです。抗体を有する人は、新型コロナウイルスに既に罹患したということです。感冒症状もなく知らない間に17%の人が感染(既感染)していたということです!
 EBウイルスでも、成人の日本人の約90%は既感染であるのです。リウマチの罹患率は、人口の1%前後です。
 ではEBウイルスに感染したごく一部の人がリウマチを起こす理由を考えなければいけないのですが、リウマチ発症初期の患者さんの血液にEBウイルスの感染兆候はなく、はっきりした理由はわかりません。

人と共存するウイルス
 結論としてEBウイルスでリウマチが、「必ずしも発病しない」ことが分かりました。しかしながら、免疫が関与していると言えそうです。現代では、EBウイルスが人と共存できる仕組みが分かり、共存関係が崩れる時があることも分かってきました。

ウイルスとリウマチの関係2010年代
 潜伏感染と再活性化の機序:(図1)
 ウイルスは、強力に自己複製を推し進めずに、感染細胞(宿主細胞)内では、目立たないように潜伏してヒトの免疫を逃れつつ、ゆりかごである宿主細胞ごと再生してウイルスは永らえます(潜伏感染)。そして、人の高齢化やストレスによるヒトの免疫系の乱れに乗じて再活性化します。
 潜伏感染では、ごく限られた遺伝子のみ(EBウイルスの場合はEBNAなど)を発現しますが、溶解感染(再活性化)では、ウイルスは全ての遺伝子を発現し、強力なウイルス遺伝子DNA合成が起こり、ウイルスは増殖し、宿主細胞を溶解・破壊して産生された子孫ウイルスが拡散します。
 潜伏感染と再活性化は、免疫を調整する細胞内シグナル伝達物質により、抑制シグナル状態では潜伏感染となり人と共存しますが、活性化シグナル状態では再活性化の状態を作り出して、疾病を引き起こします。(図2、3)

(図1)

図1説明 潜伏感染では、ごく限られた遺伝子のみを
発現するが、溶解感染では、ウイルス全ての遺伝子
を発現し、強力なウイルス遺伝子DNA合成が起こり、
子孫ウイルスを産生する。



(図2)

図2説明 細胞は外からの刺激を、細胞内シグナル伝
達系を介して、核に情報を届けている。さらに細胞内に
入ってきた栄養とエネルギーが、シグナルと反応するこ
とで、核内のDNA翻訳は翻訳され、種々のサイトカイン、
細胞骨格となるタンパク質を産生する。


(図3)

図3説明 再活性化を制御する転写因子、シグナル、エ
ピジェネティックス(環境因子)、免疫的に各種の転写活
性化因子と抑制の因子により、制御されている。
これらのシグナル(JAK・STAT系)を調整する物質が、
関節リウマチの治療薬として用いられている。


人と共存するウイルスの再活性化
 水痘ウイルスは、ほぼ100%の人は、幼少期に水疱瘡として感染します。どちらの場合も、ウイルスはヒトの免疫の監視の眼をかいくぐってその後人生のパートナーとして我々と共存します(潜伏感染)。水痘ウイルスは小児時に感染し、免疫機能が変化する65歳以上になると帯状疱疹として再燃します。ウイルスの立場に立てば、潜伏感染したまま宿主が亡くなると生き残れないので、時々帯状疱疹として再活性化してウイルス量を増やし、また他の人に感染して継代感染をするのです。
 EBウイルスの場合も水痘ウイルスとほぼ同様で、症状もなく感染したEBウイルスも、再活性化(潜伏感染から溶解感染へ移行し、再度ウイルスの増殖が起こる)が起こると言われています。水痘ウイルスが神経細胞に主に侵入するのに対してEBウイルスはB細胞などのリンパ球に指向性があり、潜伏感染するので免疫系に異常を起こしやすく、リンパ系や血液の癌になり易いです。

EBウイルス感染によるB細胞の不死化(細胞内感染実験)
(図4)

 試験菅内のEBV感染実験では、宿主のリンパ系細胞であるB細胞にEBウイルスが感染するとB細胞の潜伏感染・不死化が起こると言われています。先にEBウイルス感染でリンパ節が腫れることがあると述べましたが、不死の細胞が、細胞増殖を続けるメカニズムの一つかもしれません。また一部の例外を除いて皮膚や神経に分化した体細胞は、変化しません。しかし、我々人のように大型化し複雑に細胞分化した生物では、単純な小生物に比較して栄養摂取後の代謝系の崩れや(図2)、外的ストレスによるDNA損傷が、修復酵素で修復し、修復出来なかった細胞などはプログラム細胞死(アポトーシスと呼びます)で除去するシステムを持っていますが、それでも故障が引き起こされ易いのです。(図5)
 分化した体細胞は変化しませんが、体細胞に人為的に遺伝子導入することにより、万能幹細胞に変化させることが可能となり、幹細胞から体細胞への変化を誘導し、体細胞の再生を可能にする技術が確立されました。あたかもウイルスが細胞に感染し、ウイルスDNAを細胞内に注入した状態と同じ状態を作り出していることに似ていると言えなくもありません。(図6)

図4説明 宿主のリンパ系細胞であるB細胞にEBウイル
スが感染するとB細胞の不死化が起こる。
細胞の不死化は、細胞増殖・癌の免疫的サポートを起こ
す可能性がある。


図5説明 細胞の分化とDNA損傷、体細胞のDNA損傷
は、修復されるが、一部非修復な状態となる。


図6説明 ES幹細胞は、分化した体細胞に人為的に遺
伝子導入することにより、変化する細胞(幹細胞)になる。

ウイルスが起こすリウマチ治療中の病態
 リウマチ治療薬(MTX)で起こるリンパ増殖性疾患
 MTXは、関節リウマチの治療の主役として多くの患者さんが服用されていますが、MTX服用中に発熱・リンパ節腫脹を起こすことが知られるようになりました。この状態をMTX関連リンパ増殖性疾患と呼ぶことにしています。原因としてMTX服用中のEBウイルスの再活性化が関与している場合があることが分かっています。MTX服用を中止すれば症状は軽快しますが、悪性リンパ腫化(癌化)していると、MTXをやめて一時的に軽減しますが、再度悪化して死亡する危険があります。

関節リウマチを引き起こす誘因は何か?
自分の体(骨・関節)を攻撃するようになる原因は、何か?
 歯周病、肝炎ウイルス、結核感染、EBウイルス感染などの持続状態が、免疫を刺激し、自己要因や環境要因と重なり、免疫系の異常を惹起し、抗CCP抗体(自分の軟骨や肺胞を攻撃する蛋白質で、EBウイルスと分子共通性がある)など自己抗体形成の契機になることが分かっています。リウマチ性疾患とウイルスの関係を見てみると、EBウイルス感染が直接的に関節リウマチを起こすわけではないものの、リンパ系の癌や関節リウマチの間接的な原因となりうる可能性があります。EBウイルスのみならず種々のウイルスとの共存関係に狂いが生じた場合に、種々の病気が発病する原因になりえると言えます。

ウイルス伝播
B型肝炎、C型肝炎では?
 B型肝炎は、昔は 輸血後に起きるものだと信じられていました。しかし多くのリウマチ患者さんの血液を調べると、輸血歴がなくても既感染となっている人も多く、東北の一部に多いなど地域差・集積性もあることがわかってきました。EBウイルスや水痘ウイルスと違い、ほぼ全例が潜伏感染するわけではなく、劇症肝炎で死亡する人もあり、一部の人は、ウイルスを出し続けるキャリアとなります。また高齢化により再活性化することも分かってきました。

C型肝炎の歴史
 50年ほど前の外科医が不明熱・肝機能障害に悩まされることがありました。この時代は、C型肝炎が知られておらず、C型肝炎に罹患していたのではと言われています。

終わりに
 細菌感染がヒト体内の細胞外で増えるのに対して、ウイルス感染や結核などではヒトの細胞内で増殖し、特にウイルスはヒト遺伝子に組み込まれて巧妙に存続します。細胞内であるので免疫を担うリンパ球の監視の眼が届きにくい上に、細胞内にウイルスの遺伝子が入ることでヒトの免疫応答に障害が生じることがあります。人の歴史の中で、共存する形式を好むようになったウイルスもあるのです。

〈参考文献〉
MurataT,TsurumiT.(2013)
Switching of EBV cycles between latent and lytic states. Rev Med Virol.



JA-shizuokakouseiren.