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JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。 2019.2 NO.495
肥満と手術について



遠州病院

外科診療副部長

臼井 弘明


はじめに

 肥満は健康障害を引き起こすことはよく知られています。肥満による健康障害は糖尿病、高脂血症、高血圧、高尿酸血症、冠動脈疾患、脳梗塞、脂肪肝など数え上げたらきりがありませんが、そのほとんどが内科疾患です。そのため、肥満が外科領域に及ぼす影響はあまり周知されていないのが現状です。そこで今回は肥満が外科領域、特に腹部の手術にどう影響するかをわかりやすく説明したいと思います。

腹部手術に影響するのは内臓脂肪

 まず、脂肪は大きく分けて二種類に分けられます。ご存知の通り、皮下脂肪と内臓脂肪です。皮下脂肪は触れば皮膚の下に触れますが、内臓脂肪は触って感じることはできません。なので、どのくらい内臓脂肪があるのかはわかりにくく、また意識しづらいです。指標として男性はウエスト周囲径が85p以上、女性は90p以上で内臓脂肪蓄積があると言われています。そしてこの内臓脂肪が手術の際大きな問題となる場合が多いのです。では、実際に内臓脂肪が多い場合のお腹の中はどうなっているのか見てみましょう。

CTで見える内臓脂肪

 
図1と図2は腹部のCTです。黒く見える部分が脂肪で、斜線部が内臓脂肪を示しています。内臓脂肪は腹壁(お腹の筋肉の壁の事です)より内側の脂肪です。図2ではお腹の中は殆どが脂肪で、その間に腸がまるで浮いているかのように見えます。腸管の手術の場合これらの脂肪をかき分けて腸にたどり着く必要があるため、手術中に視野を確保することがとても難しくなります。しかし、CT画像だけでは内臓脂肪がどのようなものかよくわかりません。次に、実際に内臓脂肪がどのように見えるのか、手術中の視野で見てみましょう。
   
     図1 やせ型の場合            図2 肥満症の場合

手術中に見える内臓脂肪

 図3と図4はどちらも腹腔鏡での術中画像です。白い部分が内臓脂肪です。この2枚の写真は腹部の同じ部位を映しています。一見わからないかもしれませんが、同部位です。一方は肥満症の方、一方はやせ型の方です。近年は腹腔鏡手術の件数が増加し、腹部手術の際、小さな傷で手術を行うことが増えてきました。そのおかげで術後疼痛の改善や早期離床が可能となってきています。それだけではなく、腹腔鏡手術はいままで術者しか見えなかった術野を共有することで多くの人が手術を「見る」ことを可能にしています。図3のやせ形の方は殆ど腸管が見えます。腸管ばかりではなく血管もよく見えます。何がどこにあるのかわかりやすいので、手術はやりやすくなります。             

   
     図3 やせ型の場合             図4 肥満症の場合



脂肪と腹部外科医

 図4では脂肪に囲まれ、というより、殆ど脂肪しか見えません。この向こう側に腸管が隠れており、我々腹部外科医はその腸管を切除し吻合する必要があります。当然脂肪をかき分けて腸管にたどり着かなくてはならないのですが、残念なことに、脂肪組織は脆く把持する(手術道具で持つこと)だけで出血することも多々あります。また、目的の腸管や血管を探すのに時間がかかる場合も多く、当然手術時間も長くなります。腸管を摘出する際には腸管に付随した脂肪によって傷が大きくなることもしばしばありますし、手術中に器具や手袋が脂肪によって滑りやすくなることもあります。
※吻合(ふんごう)・・・血管や腸管などの端どうしを手術によってつなぐこと。

肥満と麻酔の関係は?

 手術の際に必要な麻酔にも肥満は影響を与えます。実際には麻酔が掛かりづらく醒めにくいのです。これは麻酔薬が脂肪に溜まりやすいため起こってしまう現象です。そのため、肥満症の患者様の麻酔はリスクが高く設定されています。


肥満と術後合併症の関係は?

 肥満は術後の合併症にも悪影響を与えます。肥満は肺塞栓症の危険因子の一つです。肺塞栓症という病名よりも、エコノミークラス症候群といったほうが有名かもしれません。足に溜まった血栓が肺に飛んで行ってしまい、肺の動脈が詰まってしまう病気で、重症な場合は命にかかわります。他にも肥満は呼吸器疾患、つまり肺炎も起こしやすいと言われています。脂肪により気管(空気の通り道です)が狭くなるうえに、腹部の脂肪が横隔膜を押し上げることで肺が十分に空気を取り入れることを邪魔するからです。傷の感染も脂肪によって引き起こされる可能性が高くなります。脂肪は融解し、創皮下で液状になることがあります。その場合傷の感染のリスクが高くなります。更に、肥満が原因となって引き起こす内科系疾患(前述した糖尿病・高血圧など)はそれだけで術後合併症を多くする危険因子です。

手術前はどうしたら?

 近年、手術の前からリハビリを行うことが良いと考えられてきています。つまり、手術前から積極的に運動し心肺機能を改善するとともに、筋力をつけて脂肪を減らすことで術後の合併症を減らそうという考え方です。また、呼吸の訓練なども手術前から行うことで術後の肺炎のリスクを減らすことがわかっています。

術後と体重

 術後に体重が変化することは多いので気を付けた方が良いです。大腸の手術後は貧血などが改善されるため、栄養状態が改善され、術後は体重が増える傾向にあります。胃の手術の後は食事量が減ってしまうため、体重が減る傾向にあります。


一緒に脂肪を・・・

 時々手術時に脂肪も一緒に切除したいといった希望があります。多くは冗談で話される方が多いですが、目は真面目な時があります。しかし、切除する部位にくっついている脂肪は一緒に切除することはありますが、内臓脂肪を必要以上に切除することはありません。理由として、内臓脂肪は内臓脂肪なりの役割があるので、場合によっては切除すると不利になってしまう病態もあるからです。例えば消化管穿孔時などは内臓脂肪が孔を覆うことで治癒に働くことがあります。また、余計な切除は術後合併症の増加につながります。(※消化管穿孔せんこう・・・消化管の壁に穴が開いて消化液や食物・便などが消化管の外へ漏れ出している状態)

気を付けたいこと

 体重はいつのまにか増えており、気が付いたら大変な状態になっていることもあります。特に内臓脂肪は自分では確認できないので、たまたま病院でCTを撮って医師に指摘され、びっくりすることもあるでしょう。言葉では知っていても、やはり、見たことがないものは意識できないと思われます。実際、胃の手術などでは切除した胃よりも一緒に切除した内臓脂肪の方が多いこともあります。そんな時、ご家族からは(内臓脂肪を指さして)これは何ですか?といった質問を受けたことがあります。確認できないものを意識するのは難しいですが、内臓脂肪の手術に関する危険性を知ることで意識が深まるのではないかと思います。


カミングアウト

 最後に私自身の話をします。実は図1と図2のCT画像は私自身のものです。ちょっとした病気になりその時のものです。実際、図2の画像を見てダイエットを決意しました。その時に比べると現在は約5sの体重を減らしており、現在進行形が図1です。実体験として体重を減らすことの難しさを痛感しながら毎日体重計に乗っております。




JA-shizuokakouseiren.