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JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。 2017.3 NO.472

脳卒中にならないためには

静岡厚生病院

神経内科

篠江 隆



 「脳卒中」は、意外と身近なところで耳にする言葉です。おそらく知り合いの方などが「脳卒中で入院した」というお話を聞く機会もあったのではないでしょうか。
 脳卒中の年間発症率は、2010年の統計では国民1000人あたり1.9人(1億人あたり19万人)。私の所属する神経内科でも最も多い疾患で、入院患者さんの約45〜65%が脳卒中です。

◆「脳卒中」とはどういう病気か
 「脳卒中(脳卒中風)」という言葉には、二つの異なる病態が含まれています。
 一つは脳の血管が破けて出血する「頭蓋(ずがい)内出血」、もう一つは脳の血管の閉塞や狭窄によって、血流不足から神経組織が障害される「脳梗塞(のうこうそく)」です。

◆脳卒中になると、どのような症状が出現するのか
 頭蓋内出血の場合
 脳の表面の血管に、薄い壁でできたコブ「動脈瘤(どうみゃくりゅう)」があり、これが破れて出血する病態をクモ膜下出血といいます。典型的な場合には、「突然に殴られたような強烈な頭痛」がおこり、急速に意識障害が進行します。死亡率もしくは重度の後遺障害が残る可能性が高い、最も危険な病態です。
 また、脳の内部にある血管が破れる脳内出血は、高血圧があって血管に負担がかかっていた方に発症しやすいものです。
 いずれも出血が止まるまで病状が悪化するため、医療機関に緊急搬送し、全身管理を受けながら脳神経外科での処置が必要か検討されます。

 脳梗塞の場合
 血管の閉塞・狭窄によって脳組織の活動に必要な血流が破綻する脳梗塞にも、大きく分けて二つのパターンがあります。一つは動脈硬化で血管が細くなっていて、さらにその部位に血液の塊「血栓(けっせん)」が形成されて血液が流れなくなる血栓症(けっせんしょう)です。(図1)この場合は、背景に動脈硬化の原因となる高血圧、糖尿病、脂質異常症、また過度の飲酒や喫煙などの危険因子があることがほとんどです。
 もう一つのパターンは、心臓の脈が不規則となる不整脈(この場合は心房細動(しんぼうさいどう))が原因となって、心臓の中に血栓が形成され、これが血管内に流れ出して詰まる塞栓症(そくせんしょう)です。この心房細動による塞栓症は、脳梗塞そのものも合併症も重篤になりやすいとされています。小渕恵三元総理大臣や巨人軍の長嶋監督も、この心房細動による脳塞栓症でした。心房細動をお持ちの方は、主治医の先生と慎重に診療を続けていくことが重要です。



 脳梗塞の場合には、症状が出現するパターンもさまざまです。
 朝起きたら既に手足の動きがおかしくなっているパターンも多く、また何となく感じていた違和感が、短時間で急速に進行したり、数時間かけてひどくなったり、また少しずつ数日かけておかしくなっていくパターンもあります。
 出現した症状が数時間で消えてしまう場合には、それは脳梗塞が治ったのではなく「先触れ脳梗塞」(一過性脳虚血(いっかせいのうきょけつ)発作)かも知れません。血管が一度閉塞し、神経組織に障害が起こりかけた早い段階で血流が回復した可能性があります。この閉塞しかけた血管は再閉塞しやすく、数日の間に同じ症状が再発し、固定する危険性が高いとされています。早く診療を受けて再閉塞を予防しなければなりません。

 脳梗塞の症状
 それでは脳梗塞になるとどのような症状がみられるのでしょうか。
 神経細胞は、脳の部位によってその機能が決まっているため、脳卒中の症状は、起きた脳の部位によってさまざまに異なります。一般的なのは、運動神経の領域の障害で右半身もしくは左半身の動きがおかしくなる「片麻痺(へんまひ)」ですが、感覚神経の部位で病変が起これば感覚低下やシビレ感が起きたり、身体のバランスが取れなくなったり、言葉を処理する領域の障害ではしゃべれなくなる、脳に広範な障害が起これば意識障害となることもあります。
 このような症状に気づいた場合には、診療が遅れれば障害される神経細胞が増えて後遺障害になるだけです。「しばらく様子を見る」とか「少し寝ればきっと治る」などとは絶対に考えず、「最優先として医療機関を受診する」ことが重要です。

◆脳梗塞の診療
 脳梗塞が疑われる場合には、救急対応となります。担当医から今回の病状や過去の疾患の情報が確認され、診察によって症状や全身状態の評価を受けます。また動脈硬化の危険因子や不整脈、治療の障害となるリスクがないかを検査で確認しながら、画像検査を受けます。
 脳梗塞の画像検査には、CTスキャンやMRI(核磁気共鳴画像)があります。CTスキャンは、脳内出血やクモ膜下出血に対して信頼性の高い検査です。MRIは脳梗塞に鋭敏であり、発症後1時間程度から脳梗塞が診断できることがあります。また血管の画像を構成して(MR血管画像:MRA)、閉塞血管や動脈硬化を確認することもあります。(図2)




◆脳梗塞の治療

 脳梗塞の治療には、近年大きな進歩がみられています。
@血栓溶解療法
 2005年に認可された信頼性の高い治療法で、血栓溶解剤(アルテプラーゼ)を静脈点滴して、血管を閉塞している血栓を溶かし、血流を再開させます。
 ただし、副作用として梗塞病変の中に出血(出血性梗塞)が起こりやすく、これを避けるには発症から4、5時間以内に治療を行わなければなりません。治療を受けるまでの準備や検査には時間がかかるため、この治療を受けるにはすぐに医療機関を受診することが重要です。
A血管狭窄部位での血栓の成長を防いで血流を改善したり、ダメージを受けている神経細胞を保護する点滴薬も有効です。また、心房細動による塞栓症の場合には、心臓内部での血栓形成を予防する薬剤が検討されます。
Bステント・リトリーバー治療
 脳の血管内にカテーテルを進め、閉塞している血栓をステント・リトリーバーという装置でからめ取る治療です。ここ数年で効果と安全性が確立されつつあります。(図3)
C幹細胞治療
 神経再生能力のある幹細胞(骨髄幹細胞など)を点滴によって移植する治療です。現在研究段階にあって、この細胞が脳内に定着して脳梗塞が縮小し、神経機能にも回復がみられたとの報告があります。




 しかし、閉塞した血管を修復する治療をしても、治療を始めるまでにダメージを受けてしまった神経細胞があれば、それを回復させることはできません。

 ここで、以前私が勤務していた施設では、脳梗塞で入院された患者様の死亡率は4.1%でした。つまり20人中約19人の患者様は、何らかの後遺障害をもって退院することになります。
 外来に来る男性には「好きなだけ不摂生をして、ある日脳梗塞にでもなってポックリと逝きたい」などと言う方がいるのですが、脳梗塞はそういうあっさりとした病気ではありません。
 後遺障害のためにそれまでの仕事や社会生活が続けられなくなることが多く、リハビリテーションを行っても食事やトイレ、入浴などの基本的な生活動作が自分でできなければ、御家族や介護施設による介護を受ける生活となります。
 つまり、本人だけでなく御家族にも、長期間にわたって介護や入院費用の問題が発生する病気です。
 このため脳卒中の診療で一番重要なことは、絶対に脳卒中にならないことです。



◆脳卒中を予防するには
 それでは、脳梗塞にならないためにはどうすればいいのでしょう。
 脳血栓症の場合には、血管狭窄をきたす動脈硬化の進行を予防することが中心となります。つまり、脳出血でも脳梗塞でも、生活習慣病となるような危険因子、高血圧、糖尿病や高コレステロール血症の薬物管理、そして飲酒を控え喫煙を止めることが最も大切です。これは、日頃からかかりつけの医療機関で受けている診療が重要だということに他なりません。

◆脳卒中とライフスタイル(食事や運動とコミュニティの支援)
 2010年にアメリカ心臓病学会は、心臓血管病と脳卒中に対する理想的な健康像について、表のような7つの指標を設定しました。この7項目のうち、5項目以上を満たす人たちと、0−1項目しか満たさない、いわば不摂生な人たちとを8年間観察したところ、5項目以上の人たちは、不摂生な人たちに比較して全体の死亡率が78%、心臓血管病・脳卒中による死亡率は88%も低い結果となりました4)。
 また、アメリカの州ごとで比較すると、この指標を0−1項目しか満たさない人が多い州ほど、心臓血管病・脳卒中の死亡率が高いようです5)。また、教育水準や家計収入も関連しているのですが6、炭酸飲料の購入に課税したり、地元農家による農産物直売市場(ファーマーズ・マーケット)が多い州ほど、心臓血管病と脳卒中の発症率は低く、逆にコンビニエンスストアが多い州では発症率が高くなりました6)。もちろん、炭酸飲料やコンビニエンスストアそのものが心臓血管病・脳卒中の原因なのではなく、それになりにくいライフスタイルの指標なのですが、さらに支援してくれる家族や友人が多い人ほど、脳卒中の死亡率は低くなるそうです7)。
 アメリカ心臓病学会は、生活環境を整備し、日常生活に配慮することによって、2020年までに心臓血管病・脳卒中の死亡率を20%減らそうと考えています。

 ここで、食の健康や地域のコミュニティ形成といったテーマは、JAが積極的に関与を進めている課題そのものではないでしょうか。
出典:
1)1Lancet 383:245-255;2014
2)Brain 134:1790-1807;2011
3)Circulation 121:586-613; 2010
4)Circulation 125:987-995; 2012
5)J Am Heart Asasoc. 4:e001673; 2015
6)Int J Epidemiol 34:100-109; 2005
7)Stroke 39:768-775; 2008



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