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JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。 2015.6 NO.451
股間節唇損傷とFAIについて


清水厚生病院
整形外科 医長
峰岸 洋次郎


はじめに
 

 『股関節唇(こかんせつしん)損傷』という病名を聞いたことがありますか?
 足を過度に曲げたりした時などに生じ、しゃがんだり、あぐらをかくような姿勢で痛みを感じるようになる股関節のケガのことです。人気お笑い芸人がこの股関節唇損傷で手術を受け、しばらく休業したというエピソードを記憶されている方がいるかもしれません。
 この病気が最初に報告されたのは1957年のことで、まだ見つかって60年も経っていません。そして、この病気の原因に『大腿骨(だいたいこつ)寛骨臼(かんこつきゅう)インピンジメント(以下FAI ;femoroacetabularimpingement)』というものが強く関係しているということが判ったのはここ15年以内の話です。
 インピンジメントとは、日本語で『衝突』という意味で、FAIとは図2のように寛骨臼側の骨と大腿骨側の骨がぶつかることを意味します。
 FAIは関節唇損傷を引き起こし、放っておくと軟骨損傷が起き、最終的に変形性股関節症となってしまいます。そのため、なるべく早期に発見して対処することが望ましい疾患といえます。

股間節の構造と関節唇の機能

 股関節とは骨盤の骨(寛骨臼)と大腿骨が組み合わさって作られる関節のことで、図1のようになっています。細かいことを言うと関節の中では骨と骨は直接当たるのではなく、接する骨の表面部分は関節軟骨で覆われています。
 関節唇は寛骨臼(臼蓋(きゅうがい))の周りをぐるっと取り囲むように付着しており、骨頭に吸盤のように吸い付いて関節を安定化するのに役立ったり、関節軟骨の栄養や関節の潤滑液の役割りを果たす関節液を封じ込めておく機能を持っています。
FAIと股間節唇損傷の関係
 寛骨臼側の骨と大腿骨側の骨がぶつかるだけなら問題はないのですが、関節唇が挟まれた時に切れてしまうと、股関節を動かしたときに引っかかる感じが生じたり、しゃがんだり、あぐらをかくような姿勢をとった時に痛みを感じるようになります。また、股関節唇の持つ機能が失われることにより、関節の安定性が失われ、関節軟骨が傷みやすくなってしまいます。軟骨がすり減ってしまうと骨と骨とが直接ぶつかって変形を起こし、変形性股関節症になってしまいます。
寛骨臼形成不全と関節唇損傷の関係
 日本人の変形性股関節症の患者さんは、寛骨臼形成不全という骨盤の作りが小さいという特徴を持っている人がほとんどで、これが原因であることが判っています。肥満などで股関節に負担をかけすぎてしまった結果として起きてしまう変形性股関節症が多い欧米や諸外国とはそもそも変形性股関節症の原因が異なるのです。
 寛骨臼形成不全では関節唇に体重の負担が集中してしまうことで関節唇損傷が起きてしまいます。そして軟骨損傷が続発し、変形性股関節症に至るというプロセスはFAIと共通しているということが判ってきました。
 寛骨臼形成不全に伴う関節唇損傷に対しては、後で説明する関節鏡手術でよくしても根本的な解決にはならないため、寛骨臼回転骨切り術などの骨の形態を変える手術で対処することが望ましいと考えられています。
FAIの原因
 正常な形態の股関節の人であれば、よほど激しいスポーツをしない限りFAIは起こりません。しかし、股関節の形態に異常がある場合は和式トイレでしゃがみこんだ時やちょっとひねった時などにFAIが生じて、股関節唇が切れてしまうことがあるのです。
 形態異常の代表的なものに寛骨臼の後捻(こうねん)と大腿骨の骨性隆起(こつせいりゅうき)があります。レントゲンである程度判断できることが判ってきましたので整形外科でしっかりと診察を受けて頂くことをお勧めします。
FAIの分類

 寛骨臼の後捻(図3@の部分)が原因となっているものをpincer typeと呼び、大腿骨の骨性隆起(図3Aの部分)が原因となっているものをcamtypeと呼んで区別していますが、両者が混在するmixed typeも多く存在します。また、ペルテス病や大腿骨頭すべり症といった子供の時にかかる股関節の病気が原因でcam typeのFAIとなっていることもあり、これらの病気をしたことがある患者さんは特に注意が必要です。
関節唇損傷の検査
 股関節唇はレントゲン写真には写らないのでレントゲン写真だけで確定診断はできませんが、レントゲンで骨の形を観察し、問診や診察所見を組み合わせることで股関節唇損傷の可能性が高いか判断できます。股関節唇損傷が強く疑われる場合はMRIや関節造影検査をおこなって断裂部位を確認します。股関節造影検査をおこなう時には同時に股関節内に局所麻酔薬を注入し、痛みが取れるかテストします。痛みが劇的に改善することが確認できれば診断精度はさらに高まり、手術による除痛効果も期待できます。
治療法
 運動を控えて、消炎鎮痛薬を使ったり、関節内注射をしたりすることで痛みが取れることが多いですが、関節唇の関節を安定化する機能が損なわれてしまったのを補うために股関節周囲筋のストレッチと筋力強化も必要となります。
 このような保存療法で改善が認められない場合や、早期にスポーツ復帰を望まれる場合は、手術を検討します。股関節唇損傷の手術は多くの場合、股関節鏡手術となります。股関節鏡手術とは1〜2pの小さな傷を3箇所程あけて、そこから手術器具やカメラを挿入し、テレビ画面を見ながらおこなう手術のことです。この方法で関節唇の断裂している部分を縫合したり、関節唇を部分的に切除したり、見える範囲のものであれば骨を削ったりします。
 以前は皮膚を大きく切開して股関節を一度脱臼させるなどして、肉眼で確認しながら関節唇を縫ったり、骨を削ったりしていましたが、脱臼させることで関節軟骨を痛めてしまったり、手術後に大腿骨骨頭壊死という合併症を起こしたりする可能性もあるため、現在はそのような方法は股関節鏡手術では対応困難と判断される場合に限っておこなわれています。
 手術療法の場合も術後は股関節周囲筋のストレッチと筋力強化といったリハビリテーションは必要となります。実際に手術療法を受けた患者さんをご紹介します。

症例@
 トラックの運転手をしている42歳女性。趣味でキックボクシングを週に1回おこなっていた。以前よりあった左股関節痛が1年前より増強してきたので来院した。レントゲン写真では特に異常を認めなかったがキックボクシングをしていたことや身体所見から関節唇損傷が強く疑われ、MRIと関節造影検査をおこなった。左寛骨臼前外側部に関節唇損傷を認めた。関節鏡手術で関節唇の部分切除をおこない、術後リハ正常ビリテーションをおこなったところ症状は改善した。現在趣味のキックボクシングも再開している。




症例A
 36歳男性。3年前から左股関節痛を自覚していた。整骨院に通っていたが徐々に症状が強くなってきたため来院した。レントゲンで大腿骨の骨性隆起を認めcam typeのFAIと診断した。病変が関節鏡での手術は困難な部位であったため股関節を脱臼させておこなう手術法を選択し、大腿骨の骨性隆起を削る処置を行った。手術後はリハビリテーションをしっかりとおこない、現在痛みはほとんどない状態まで改善している。



人工関節手術について
 股関節の痛みを訴える患者さんは40歳前後の方が多く、社会的にも責任があり、仕事や子育てで忙しい方も多いです。そのため、なかなか病院を受診できず、仕事や子育てが落ち着いた50歳前後でようやく受診されるのですが、すでに変形性股関節症となってしまった状態(人工関節手術でしか対応できない状態)で受診される方も多いのが問題です。
 人工関節は痛みをとるには非常に良い手術なのですが、脱臼や感染のリスクが常に付きまとい、長年使い続けると必ず緩みが生じてしまいます。そのため耐用年数は最新のものでも30年程度と考えられています。長寿社会の現代ではあまり早期に人工関節手術を受けてしまうと人工関節を入れ替える手術が必要となる可能性は高いと言えます。また、入れ替えの手術は通常、初回の人工関節手術よりも体にかかる負担は大きなものになります。
おわりに
 
 股関節痛が1か月以上続くような場合はたとえ忙しくても必ず整形外科を受診し、正しい診察を受けてください。関節唇損傷やFAIや寛骨臼形成不全が見つかる可能性があります。原因が判り、早めに対処されれば変形性股関節症を未然に防ぐことができ、一生自分の股関節で生活できる可能性が高くなります。
参考文献
日本整形外科スポーツ医学会監修スポーツ損傷シリーズ
17.股関節インピンジメントより転載



JA-shizuokakouseiren.