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JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。 2015.2 NO.447
肺炎について考える

清水厚生病院
内科
知久慎一郎


 日本人の死亡原因は1970年代に脳血管障害が第1位でしたが、その後徐々に減少し、1980年頃からは第1位が悪性新生物、第2位が心疾患、第3位が脳血管疾患という状態がしばらく続いていました。しかし2011年にそれまで死亡原因の第3位となっていた脳血管障害に代わって肺炎が第3位へと浮上したのです。戦後、抗菌薬治療の進歩などよって減少し続けていた肺炎による死亡率は、高齢化社会への変化を反映して、1980年代から増加に転じています。現在、肺炎による死亡者数全体の95%以上は65歳以上の高齢者となっており、65歳を過ぎると死亡率も著明に高くなります。今、日本は、世界のどの国も経験したことのないほどの超高齢社会とされており、肺炎による死亡者数はさらに増加すると考えられることから、特に高齢者での肺炎対策は大きな課題であることがわかります。
 肺炎の分類に関しては様々ありますが、大まかにご紹介したいと思います。




市中肺炎
 これは病院外での日常生活を営んでいる人にみられる肺炎を指します。風邪症状に引き続いて発症することが多く、原因菌として肺炎球菌が30%程度を占めています。咳や高熱が続く、息切れがする、悪寒戦慄(止めようと思っても止められない体の震え)などが一般的な症状ですが、高齢者ではこのような典型的な症状が現れずに「何となく元気がない」、「食欲がない」、「足がふらつく」など、一見すると肺炎とは関係なさそうな症状であることがよくあります。
院内肺炎
 何か別の病気で入院が必要になったと仮定して、その入院後48時間以上を経過してから発症した肺炎を院内肺炎と定義されています。病院内で発症した肺炎という意味です。市中肺炎と区別しているからには理由があります。「予後」(その後の症状)と「原因菌」が異なるのです。入院してくる方は元々基礎疾患があって全身状態や栄養状態も不良であることが多く、病気に対する抵抗性も弱いため市中肺炎と比べると致死率が高いことや、抗菌薬の効きにくい耐性菌を有している確率が高いことが挙げられます。場合によっては市中肺炎とは異なる治療方針が必要となることがあります。
医療・介護関連肺炎
従来、肺炎は前述の市中肺炎と院内肺炎に分類、診療されていましたが、このような単純な分け方では対応できない例が増えてきており、2011年になって新しく医療・介護関連肺炎が発表されました。例えば入退院を繰り返している方や介護施設で発症した肺炎などです。重症度や耐性菌保有の頻度などに関して、市中肺炎と院内肺炎のちょうど中間的な存在となっています。
 肺炎の3分類をお示ししましたが、我々医療従事者は「患者さんの日常生活の場」を知り「背景の基礎疾患など重症化リスク」と「耐性菌の有無」を評価して日々の肺炎診療を行っています。一方で、現在増加著しい高齢者の肺炎については、日常生活がいかなる場所においても「誤嚥(ごえん)性肺炎」が主体となっています。肺炎が全死亡原因の第3位に上昇したのは高齢者の誤嚥性肺炎の増加と予後の悪化が大きく関与しているのです。
誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎とは、食物や唾液、あるいは一旦飲み込んだ後の食物が胃から逆流するなどして、本来無菌であるべき下気道(気管〜肺)に侵入して発症に至る肺炎です。大半の誤嚥性肺炎は、認知症や脳梗塞の後遺症などによる※嚥下機能障害を背景としており、細菌感染症というよりは老年病、さらには老衰とも言えなくもない側面をもちます。老年病であるということは治療が難しいということを意味しますが、それでも「予防」による予後の改善は期待できる疾患であります。
※…物を飲み込む機能
早期診断治療の重要性
 当たり前のことですが治療は早ければ早い方が良いに決まっています。早く治療をするためには早期診断が必要であることは当然でありますが、先ほども述べたように高齢者の肺炎の症状はとにかく「肺炎らしさ」がみられず、単に「いつもと比べて元気がない」、「食事の味がしない、美味しくない」といった程度であることが多く、受診が遅れ、結果として診断治療が遅れるケースがみられます。御家族、施設の職員などが患者さんの様子の変化を見逃さないことが大切です。
誤嚥予防
 まず高齢者の嚥下機能を適切に評価することが重要です。最近改定された診療報酬においてもその重要性が示されています。水が飲めるのかどうかといった食形態の評価以外にも、舌の運動
や頸部の安定性などを評価する必要があるとされます。
 一方で、誤嚥性肺炎の誘因として最も頻度が高いものは夜間の不顕性(ふけんせい)誤嚥です。不顕性誤嚥とは知らず知らずの間に口腔内細菌を含む唾液や胃酸などの逆流物が下気道に侵入するもので、実は夜間の不顕性誤嚥は健康な人でも半数の人にみられるとも言われています。とりわけ高齢者においては脳機能と意識の低下によって不顕性誤嚥が頻発し、免疫力低下と相まって誤嚥性肺炎に至ることが多いと予想されます。脳機能維持のために脳梗塞の予防も大事ですが、就寝2時間前までには飲水・食事を終えておくこと、就寝時に頭の位置を高くして胃からの逆流を防ぐことや、意識の低下に繋がる睡眠薬の多用には注意が必要です。
 その他、口腔内の乾燥にも注意して下さい。口腔内乾燥は嚥下機能を低下させます。抗うつ薬や泌尿器科の薬剤など種々の薬剤には、口腔内乾燥を来きたしうる作用があることから注意が必要です。
 他方、ある種の降圧薬に有名な副作用として咳があり、これが誤嚥予防に効果があることが示されており、何でも薬がダメというわけでもありません。漢方薬にも誤嚥予防効果が示されているものもあります。
 そして誤嚥予防に最も効果的といわれるのは、口腔ケアです。口腔ケアを行うことで脳などに刺激が入り、嚥下機能が改善するのみならず口腔内衛生環境も改善が得られ、誤嚥内容物に含まれる細菌の質、量が改善し肺炎が予防されます。義歯が合っていなければ誤嚥の危険性がありますので、口腔ケアも含めて歯科受診をおすすめします。

食事の摂り方
誤嚥予防について記してきましたが、一般的な肺炎の予防に関しては、栄養状態をよく保つことが重要です。そのためにはバランスのとれた食事をしっかりと摂ることが大事ですが、特に高齢者夫婦の2人暮らしでは食事が疎かになりやすく、子供との同居世帯に比べて栄養状態が悪くなる傾向がありますので、家族の方は注意をお願いします。食事の摂り方についても、あごを引く、食事に集中する、一気に口に詰め込まないことに気をつけましょう。
 喫煙中の方は禁煙もお願いします。喫煙者は非喫煙者に比べて2倍肺炎になりやすく、死亡率も1・5倍ほど高くなります。
ワクチン接種について
 肺炎球菌ワクチンをご存知でしょうか。肺炎球菌ワクチンは脾臓摘出患者や心・呼吸器の慢性疾患、腎不全、糖尿病などの基礎疾患を抱えた方に接種の適応となっていましたが、平成26年10月から定期予防接種となっています。肺炎の原因菌として肺炎球菌は30%程度を占める最多の菌でありますが、最近は抗菌薬の効きにくい耐性菌が増えてきていることや、敗血症や髄膜炎など肺炎以外の重大な疾患の起炎菌にもなりうることから、罹った後に治すのではなく、罹らないようにする、たとえ罹ったとしても重症化のリスクを軽減するという意味において、予防接種をすることが望ましいと思います。世界保健機関の報告においても肺炎球菌ワクチンは肺炎による生存率の改善、呼吸不全の頻度の低下、入院期間の短縮、重症化と死亡のリスクの軽減が得られるとされています。そして最近言われていることとしては、インフルエンザワクチン接種と肺炎球菌ワクチン接種を併用することで入院や死亡が大きく減少させる効果があること、また高齢者の医療費を数千億円という大きな規模で削減可能という試算があることです。インフルエンザワクチンに加えて肺炎球菌ワクチンを上乗せすることで10〜20%の肺炎での入院予防、20〜40%の入院死亡リスクの減少が得られるとされています。

おわりに
 肺炎といえば風邪の延長や少し悪い風邪、抗菌薬で治る病気くらいの認識の方もおられるかもしれません。しかし肺炎を契機に栄養状態が悪化し、足腰が弱って歩くのもやっとになり、その後に転倒して骨折し、1日の大半をベッド上で生活するうちに再び肺炎になり…というケースが数多く見られます。これまで述べたように肺炎は老年病の側面もあるため最終的には肺炎で死亡するとしても、出来る限り予防することで健康寿命を長くすることは可能であり、生活を楽しむ期間も長くなります。今回の話が皆様の参考になれば幸いです。



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