4.「風邪」ですけど、「風邪」ですか |
話を「風邪」に戻します。「風邪」患者は「風邪をひいた。」の次に「インフルエンザではないか。」と仰います。鼻水だけのインフルエンザもあります。「風邪」患者を前にしてインフルエンザ迅速キットによる検査をしない選択は、医学の原則はあるとして、なかなか勇気が必要です。私も検査を選択することが多いです。インフルエンザが確定した患者に対する治療に「迷いはありません」。抗インフルエンザ薬の処方、これで「納得」です。インフルエンザでない場合、「風邪」≒「普通感冒」≒「上気道炎」としても問題を生じないもので、このパターンが結構通用します。
しかし、幸運の女神は常に微笑むとは限りません。病は時間とともに変化します。最初は「上気道炎」、実は「肺炎」という様な場合です。最初から「気道炎」とは別物の疾患である事もあります。最初は「上気道炎」、実は「肝炎」という様な場合です。変わり種を挙げればきりがありません。「風邪は万病の元」と言われる所以です。
時間とともに病は変化し、それに合わせて診断と治療も変わる事がある。医療の現場では「約束」や「想定」がころころ変わります。世間で「約束」や「想定」をころころ変えれば非常識とされます。「病院の常識は世間の非常識」と言われるのも故なき事ではないのかも知れません(図2参照)。
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5.「風邪」の治療について |
議論はあるでしょうが、「インフルエンザ」については医者も世間もあまり迷いはないでしょう。「風邪」患者が「インフルエンザ」でなければ、「風邪」≒「普通感冒」≒「上気道炎」でしょうか。「風邪」に抗生物質なる細菌を殺菌する薬剤を使用すべきかどうか。有用ではあるが、使用に伴うマイナス面も大きく、使用する対象を絞って使いたい薬剤です。
「抗生物質は、上気道炎と気管支炎には原則不要である。肺炎には必要不可欠である。」
これが気道感染症における抗生剤の使い方の原則とされます。「風邪」≒「普通感冒」≒「上気道炎」であると分かっていれば、迷う事はありません。抗生物質は不要です。
しかし、目の前の「風邪」患者は本当に「上気道炎」でしょうか。明日も「上気道炎」でしょうか。3歳、10歳、20歳、40歳、70歳、90歳、すべて同じでよいでしょうか。例えば、同じ70歳でも、健康な人、肺、心臓などに基礎疾患がある人、免疫抑制剤を使用中の人も同じでよいでしょうか。
原則は尊重しつつ、患者の条件に応じて抗生物質の使用も考慮されるべきでしょう。使用に際しては、腎臓や肝臓の障害、アレルギー体質などの患者の条件を考慮し、使用薬剤と投与量、投与期間を決めます。
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6.「風邪」を通して診療を考える |
このコラムでは「風邪」について述べる事が目的ではありません。誰もが分かっていると思っている最も身近な病の例として「風邪」を取り上げたのです。文章を書いていく内に、医者である私も「風邪」も奥が深いものであると再認識し、多くの新発見をしました。しかし、医者と患者が向き合う健康問題の多くは「風邪」よりもはるかに複雑です。医療は異なる立場である医者と患者が患者の健康問題という共通の問題に対して妥当な答えを模索、実行するプロセスであると言えるでしょう。不透明な現実の中で迷いながらも少しでも「まし」な結果に至るためには、医者と患者の関係が重要であると思います。診療では医者と患者の間で問題意識が共有されなければ、建設的な方向に進みません。医者の原則論一辺倒でも患者の願望一辺倒でも成り立たないと思います。最も身近な「風邪」という病を通して、医者の一人である私は何を考えて診療しているのかについて述べさせて頂きました。患者側から見て不可思議な世界の住人である医者との関係を構築するために、このコラムが少しでもお役に立つことを祈念します(図3参照)。
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