JA静岡厚生連。保健・医療・福祉の事業を通じ地域の暮らしに根ざした病院として社会の構築に寄与する。

JA静岡厚生連 〒422-8006 静岡県静岡市駿河区曲金三丁目8番1号
TEL : 054-284-9854
お問合せ・ご相談
交通案内 リンク プライバシーポリシー サイトマップ


ホームへ 理念・沿革・概要 基本方針 患者様への姿勢 事業内容 施設整備事業

JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。 2014.10 NO.443
「風邪」を通して診療を考える


清水厚生病院
内科 診療部長
村瀬 正樹

1.「風邪」とは何でしょうか 
 「風邪をひいたから薬が欲しい。」と「風邪」患者は仰います。喉の痛み、発熱、全身倦怠感、くしゃみ、鼻水、咳のような症状を示す状態を世間では「風邪」と呼ばれます。病院では「風邪」を「感冒症候群」や「上気道炎」などと呼びます。「風邪」にも違った呼び方があるようです。
 ところで、「風邪」とは何でしょうか。分かった気でいるけれども医者である私も本当に分かっているのでしょうか。この場をお借りして振り返ってみたいと思います。


2.「風邪」と「感かん冒ぼう症しょう候こう群ぐん」
 喉の痛み、発熱、全身倦怠感、くしゃみ、鼻水、咳などの症状を「感冒様症状」といい、「感冒様症状」を示す病気全般を医学的に「感冒症候群」と呼びます。以前は症状の強くない「感冒症候群」を「普通感冒」、症状が強い「感冒症候群」を「インフルエンザ」と大まかに区別されていました。
 インフルエンザの検査が普及した今日では検査が陽性の方を「インフルエンザ」と呼ぶことが通例です。昔に比べて診断の根拠は明確になり、インフルエンザの治療も効率的にできるようになりました。半面、世間がインフルエンザに敏感になり、医者も鼻水だけの軽症患者に念のために実施した検査でインフルエンザ陽性であるような体験を積む内に、「感冒様症状」を示す患者に対してインフルエンザ検査は「必須」のプロセスになりました。捉え方は変化しましたが、「感冒症候群」、「普通感冒」、「インフルエンザ」は症状という観点から「風邪」に付けられた名称であると言えそうです。
 
3.「風邪」と「上気道炎」
 「風邪」は「感冒症候群」の他に「上気道炎」とも呼ばれます。「風邪」や「インフルエンザ」に比べて「上気道炎」という名称は世間ではあまり馴染みがないようです。しかし、医者からすれば「上気道炎」は重要な名称であると思います。「上気道炎」と言う名称は「上」、「気道」、「炎」の3つの要素に分解できます。「上」とは上、中、下の上です。「気道」とは「空気が通る道」、つまり、口、鼻、喉、気管、気管支、肺です。 
 「炎」とは疼痛、熱感、腫脹、発赤という四兆候を示す病態を意味します。従って、「上気道炎」とは口、鼻、喉、気管、気管支、肺の上の部分に生じた痛い、熱い、赤い、腫れる病となります。「上気道炎」という名前がある以上、「中気道炎」、「下気道炎」があるのではないかと想像できるでしょう。同じ「気道炎」でも「上」、「中」、「下」いずれの気道が主に侵された病気であるのかが医者にとって大切なポイントです。
 「上気道」は概ね口、鼻、喉、「下気道」は肺、残りが「中気道」であり、気管、気管支に該当します。なお、「中気道」は正式名称ではありません。従って、「上気道炎」とは口、鼻、喉の炎症による病であると解釈できます。

 同じ理屈で肺の炎症による病を「肺炎」、気管、気管支の炎症による病を「気管支炎」と名付けられます。気道は上、中、下気道に区分され、境界も定められていますが、気道は口、鼻から肺まで途切れずに続いています。炎症が気道の境界の内側に止まるとは限らず、容易に隣へはみ出したり、飛び越したりして広がり得ることが想像されます。従って純粋な「上気道炎」、「気管支炎」、「肺炎」もあるでしょうが、多くが重複した状態にあると考えられます。
 「上気道炎」は病気がどこに起こったのかという解剖学的な観点から「風邪」に付けた名称であると言えそうです(図1参照)。


4.「風邪」ですけど、「風邪」ですか
 話を「風邪」に戻します。「風邪」患者は「風邪をひいた。」の次に「インフルエンザではないか。」と仰います。鼻水だけのインフルエンザもあります。「風邪」患者を前にしてインフルエンザ迅速キットによる検査をしない選択は、医学の原則はあるとして、なかなか勇気が必要です。私も検査を選択することが多いです。インフルエンザが確定した患者に対する治療に「迷いはありません」。抗インフルエンザ薬の処方、これで「納得」です。インフルエンザでない場合、「風邪」≒「普通感冒」≒「上気道炎」としても問題を生じないもので、このパターンが結構通用します。
 しかし、幸運の女神は常に微笑むとは限りません。病は時間とともに変化します。最初は「上気道炎」、実は「肺炎」という様な場合です。最初から「気道炎」とは別物の疾患である事もあります。最初は「上気道炎」、実は「肝炎」という様な場合です。変わり種を挙げればきりがありません。「風邪は万病の元」と言われる所以です。
 時間とともに病は変化し、それに合わせて診断と治療も変わる事がある。医療の現場では「約束」や「想定」がころころ変わります。世間で「約束」や「想定」をころころ変えれば非常識とされます。「病院の常識は世間の非常識」と言われるのも故なき事ではないのかも知れません(図2参照)。


5.「風邪」の治療について
  議論はあるでしょうが、「インフルエンザ」については医者も世間もあまり迷いはないでしょう。「風邪」患者が「インフルエンザ」でなければ、「風邪」≒「普通感冒」≒「上気道炎」でしょうか。「風邪」に抗生物質なる細菌を殺菌する薬剤を使用すべきかどうか。有用ではあるが、使用に伴うマイナス面も大きく、使用する対象を絞って使いたい薬剤です。
「抗生物質は、上気道炎と気管支炎には原則不要である。肺炎には必要不可欠である。」
 これが気道感染症における抗生剤の使い方の原則とされます。「風邪」≒「普通感冒」≒「上気道炎」であると分かっていれば、迷う事はありません。抗生物質は不要です。
 しかし、目の前の「風邪」患者は本当に「上気道炎」でしょうか。明日も「上気道炎」でしょうか。3歳、10歳、20歳、40歳、70歳、90歳、すべて同じでよいでしょうか。例えば、同じ70歳でも、健康な人、肺、心臓などに基礎疾患がある人、免疫抑制剤を使用中の人も同じでよいでしょうか。
 原則は尊重しつつ、患者の条件に応じて抗生物質の使用も考慮されるべきでしょう。使用に際しては、腎臓や肝臓の障害、アレルギー体質などの患者の条件を考慮し、使用薬剤と投与量、投与期間を決めます。
6.「風邪」を通して診療を考える
 このコラムでは「風邪」について述べる事が目的ではありません。誰もが分かっていると思っている最も身近な病の例として「風邪」を取り上げたのです。文章を書いていく内に、医者である私も「風邪」も奥が深いものであると再認識し、多くの新発見をしました。しかし、医者と患者が向き合う健康問題の多くは「風邪」よりもはるかに複雑です。医療は異なる立場である医者と患者が患者の健康問題という共通の問題に対して妥当な答えを模索、実行するプロセスであると言えるでしょう。不透明な現実の中で迷いながらも少しでも「まし」な結果に至るためには、医者と患者の関係が重要であると思います。診療では医者と患者の間で問題意識が共有されなければ、建設的な方向に進みません。医者の原則論一辺倒でも患者の願望一辺倒でも成り立たないと思います。最も身近な「風邪」という病を通して、医者の一人である私は何を考えて診療しているのかについて述べさせて頂きました。患者側から見て不可思議な世界の住人である医者との関係を構築するために、このコラムが少しでもお役に立つことを祈念します(図3参照)。

 




JA-shizuokakouseiren.