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JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。 2013.12 NO.433

病気が治ればキズの大きさは二の次でいいですか?
〜小さなキズですっきり退院〜
遠州病院
外科
医長 三宅 隆史

はじめに

 

突然ですが、日本人の死因第一位をご存知でしょうか?それはガンであり、現在約三割の方がガンでお亡くなりになります(図1)。
 その内訳は、男性では肺ガン・胃ガン・大腸ガン、女性では大腸ガン・肺ガン・胃ガンの順となっています。つまり、皆さんにとってガンは非常に身近なところにいる病気なのです。
 1804年、華岡清州先生が全身麻酔下に乳ガン手術を成功させて以来、200年以上に渡って私たち外科医はガンという厄介な病気に立ち向かうべく、手術の発展に心血を注いできました。そして時代が変わり、多くのガンを根治できるようになった今日でも、最も有効な治療法が手術であることに変わりはありません。
 しかしながら、ガンを治すことに伴う代償について議論されることは、最近までそれほど多くありませんでした。つまり「ガンを治すためなら相応に失うものがあっても仕方がない」という考え方だったのです。勿論ガンを治すためにはその臓器を含めて切除する必要があるわけですから、魔法のようにガンだけを消すことはできません。それでも現代の外科医の多くは、手術を受けた後に少しでも苦痛が少なく出来るように、また手術前と遜色無い状態で早く社会復帰して貰えるように願っているわけです。
 そんな中で注目を浴びるようになってきたのが腹腔鏡(内視鏡)による低侵襲手術です。今回は腹腔鏡手術とは何か?、および当科における腹腔鏡の取り組みについてお話し致します。

図1

腹腔鏡手術とその歴史


 
皆さんは腹腔鏡という言葉をご存知ですか?世界のホームラン王である王貞治さんが胃ガンとなり、胃を全て切除する手術(胃全摘術)を腹腔鏡で受けたことで、名前に聞き覚えのある方もおられるかもしれません。腹腔鏡手術は外科医が行う手術であり、胃カメラや大腸カメラを使用してポリープや腫瘍を切除する消化管内視鏡手術とは全く異なります。従来の開腹手術のように大きくお腹を切り開かず、腹腔鏡と呼ばれるカメラ(電子スコープ)を使用して(図2)、お腹の中の様子をテレビモニター画面に映し出し、いくつかの小さな穴から長い手術道具を入れてお腹の外から操作して行う手術のことをいいます(図3)。日本では、1990年に胆石症患者さんに対して胆のうを摘出する手術が腹腔鏡で初めて行われました。技術的にそれ程難しくなく、開腹手術と比べて非常に術後経過が良いため、それ以来腹腔鏡による胆のう摘出術は爆発的に拡がりました(図4)。
 その他の難易度の高い腹腔鏡手術に関しても、道具の進歩や外科医の技術向上によって徐々に普及しつつあり、この20年間でかなり一般的な手術と呼べるまでになってきました。

図2 図3
図4

腹腔鏡手術の利点と欠点

  では、開腹手術と比べて腹腔鏡手術の利点はどこにあるのでしょうか?逆にどんな欠点があるのでしょうか?

 まず、利点としては

@キズが小さい(図5、6)

A入院期間が短い

B手術後のお腹の中の癒着が少ない

C腹腔鏡の拡大視効果が得られる

などが考えられます。

 @キズが小さいことで手術後の痛みがかなり少ないです。それにより手術後早くからたくさん歩けるので肺合併症(肺炎、※1無気肺など)が起きにくくなります。また腸の動きも早く回復するため食事開始当初から安定して食べることができます。つまり手術で受けたダメージからの回復が早く、A早期退院・早期社会復帰が望めます。特にご高齢の方にとっては、手術後の回復が遅れるとリハビリに時間を要し、最悪寝たきりになってしまうこともあるため、手術後早期に歩けるかどうかは非常に重要な要素なのです。また腹腔鏡手術の後はBお腹の中の癒着(腸などがお腹の壁や他の臓器にべったりくっつくこと)が少ないため※2腸閉塞になりにくく、もし別の病気で再度手術が必要になったときにも安全に手術できる可能性が高まります。加えて専門的な観点からの利点としては、C肉眼で見るより腹腔鏡で見る方が詳細に見えるため(拡大視効果)、手術中の出血量が少なくて済みます。またよく見えることで精度の高い手術が出来る可能性があります。

 一方、欠点としては

@技術的な問題

A手術時間が長くなる可能性

B手術後長期間経った後の調査結果が少ない

などが考えられます。

 腹腔鏡手術は、手で直接触ることの出来る開腹手術とは全く違う技術を要するため、@特殊な訓練が必要です。つまり手技が難しく、A手術時間が長くなる傾向があります。また腹腔鏡手術は歴史が浅いため、B長い目で見た場合に開腹手術と遜色無い結果が得られるのかどうかの結論がまだ出ていません。

※1無気肺…肺の膨らみが悪くなり痰などが溜まってしまう状態
※2腸閉塞…お腹の中の癒着により腸の動きが制限されて、お腹が張る状態

図5 胃がん手術のキズ 図6 直腸がん手術のキズ
    
腹腔鏡による胃切除術のキズ 開腹による胃切除術のキズ 腹腔鏡による直腸手術の
キズ
開腹による直腸手術の
キズ

どんな病気に腹腔鏡手術が出来るのか?

 当初は胆石症治療に対して広まった腹腔鏡手術ですが、現在では急性虫垂炎(盲腸)、胃・十二指腸潰瘍穿孔といった緊急手術や脱腸(ヘルニア)などの良性疾患、更にはガンを含めたお腹の病気全般に対して腹腔鏡による治療が可能になってきました。ただし腹腔鏡手術にもいくつかの不得意分野が有ります。それは切除すべき腫瘍が大き過ぎる場合や、以前に開腹手術を受けたことがある場合です。腫瘍が大き過ぎるとお腹の外に取り出す際に結局大きくキズを付けなければなりませんし、お腹の中の癒着が強いと手術の難易度がさらに高まるからです。

当科での取り組み


 当科では、急性虫垂炎や胃・十二指腸潰瘍穿孔などの緊急手術から、胆石症を含む腹部良性疾患だけでなく、胃ガン・大腸ガンをメインとした悪性疾患に対して積極的に腹腔鏡手術を行っております。特に、以前に開腹手術を受けてお腹の中の癒着が予想される方で新たに胃ガン・大腸ガンになられた方に対しても、ご希望があれば出来る限り腹腔鏡での手術を行っております。また、ご高齢(75歳以上)の方にも積極的に腹腔鏡手術を行っており、手術前の活動レベルを落とすことなく元気に退院されております。

おわりに

 
 ガンの手術であっても、根治を目指すというだけの時代は終わりました。手術後が楽で、いかに早く手術前と変わりない生活を取り戻せるかを考える時代が来ており、今後腹腔鏡手術がその一端を担っていくことは間違いありません。
 冒頭で触れましたように、長い人生の中には身近な病気であるガンに直面する可能性は十分考えられます。万が一そのような事態に遭遇した場合は、お気軽に当科に受診していただければ、腹腔鏡について詳しくご説明致します。




JA-shizuokakouseiren.2011.5.31