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JA静岡厚生連 機関誌「すてっぷ」特集記事です。 2013.11 NO.432
バルサルタン〔ディオバン錠〕の事件って?
静岡厚生病院
薬局長
松山 耐至

はじめに

 
 今年の夏、バルサルタン(ディオバン錠)の医師主導臨床研究で、販売メーカーが関与した不正があったことがテレビ・新聞で報道され、服用されている患者の皆様をはじめ多くの国民に不安を与えました。私どもの病院でも服用されている患者さんからお問い合わせをいただきました。この件に関しては、詳しい事情がわからず不安に思っている方も多いと思いますので、若干の私見を含めて述べてみようと思います。

ディオバン事件とは?


 報道によれば、バルサルタンの医師主導臨床研究でデータの改ざんが発覚し、それらの研究のデータ解析に販売元の製薬会社の社員(すでに退職:以下元社員)が深く関与していたことが判明したことから、データ改ざんが元社員によって行われていたことが疑われるというもので、しかも対象となった研究論文で元社員の所属を兼務していた大学と偽っていたことから、製薬会社だけでなく大学の研究自体もその姿勢が問われる事件に発展しました。その後、当該元社員はバルサルタン関連の他の臨床研究にも同様に関わっていたことが明らかとなり、しかも実施主体の大学に多額の寄付がされていたことがわかりました。販売元の製薬会社は営業活動を一時的に自粛するなどしたものの、多くの服用患者を不安に陥れ、医薬品の信頼性を失墜させました。

薬はどのように承認されるのでしょうか?

 以上のような報道があったことから、バルサルタンを服用している患者の皆様は、「効かない薬をのまされていたのか?」と不安になったことと思います。その説明にあたり、まず最初に薬ができるまでに行う試験(「臨床試験」あるいは「治験」といいます)について説明をします。

 薬の候補物質を発見すると、試験管内や動物実験を行い、その候補物質の作用や様々な性質を徹底的に調べます。そして人に使用できるまでの情報が得られると、いよいよ人間への投与により有効性と安全性を確認することになります。人間への投与は「臨床試験」といって、図1のとおり3段階のステップがあります。これらの試験がすべて終了し、充分な優性と安全性が確認されたとき、厚生労働省が認可して晴れて「医薬品」となります。以上が薬として認可されるまでのプロセスですが、今回の事件はこのプロセスで起きたものではありません。それでは、どこで起きたものなのでしょうか?

図1
ディオバンとはどんな薬?

バルサルタン(ディオバン錠)は、アンギオテンシンU受容体拮抗剤といわれる薬の仲間に属し、体内にあるアンギオテンシンUといわれる血圧を上昇させる物質の作用点となる「スイッチ」をブロックすることにより降圧効果を発揮します。同様の作用を有する薬は他社からも販売されており、比較的安全で高齢者にも使用しやすいこと、適度な降圧作用を発揮することから、我が国では広く使用されている薬の仲間です。前述の薬として承認を受けるための治験は日本だけでなく欧米でも行われ、バルサルタンの血圧降下剤としての効果が確認されており、多くの国で現在も使用されています。

 

高血圧はなぜ治療する必要があるのでしょうか?
                     バルサルタンの事件の背景

 
 高血圧を放置していると、脳卒中や心筋梗塞などの合併症発症のリスクが増加して、結果的に正常な方に比べて死亡のリスクが高くなるおそれがあるからです。ですから高血圧治療の究極の目的は血圧を適度にコントロールして、合併症のリスクを減らし、血圧が正常の方々と同じくらい長生きをすることです。

 バルサルタンを含むアンギオテンシンU受容体拮抗剤は、心臓や腎臓に対してよい作用があることが欧米の研究で報告されていることから、日本(人)でも同様の結果が出ることが期待されていました。今回の事件は、この様な背景で、バルサルタン市販後に付加価値をつける目的で行われた試験で発生したものです。降圧効果だけでなく、他に望ましい効果(心筋梗塞や脳卒中などの合併症の減少、腎臓保護作用など)が確認できればより使用しやすい薬になるわけです。くどいようですが、バルサルタン(ディオバン錠)の血圧を下げる効果に疑いがあるわけではありません。現在高血圧症の治療のために服用している患者さんで、血圧がうまくコントロールされていれば、変更をしなければならない医学・薬学的な理由はないように思います(ただし、同じような効果の薬もありますので、変更することも可能と思われます)。しかしながら、実際に多くの患者の皆様に参加をお願いした臨床研究で、この様な不祥事が発生したことに対して非常に残念に思います。

 薬の有効性や安全性を確認するには、実際に患者の皆様の参加・協力がどうしても必要です。しかし、参加していただく患者の皆様の権利や安全性が常に優先されることから、「知らないうちに試験に組み込まれていた」ということはありません。また、臨床研究が適正に実施され、質の高い結果を導き出すために、厚生労働省は「臨床研究の倫理指針」を定めていますが、まだ医療従事者の間では充分に認知されていないようです。今回の事件を教訓として、厚生労働省は臨床研究の実施に関しての規制を強化するようです。これは医学・薬学のさらなる発展のためには非常に重要なことで、「災い転じて福となす」になることを期待して止みません。

 




JA-shizuokakouseiren.2011.5.31