
『3年生41名の子どもたちとともに、
20年後の原谷を担う人材づくりをめざした教育活動』
掛川市立原谷小学校
田林圭太(第3学年 担任)
学校の紹介
学区は、掛川市の中央部北西端に位置し、天竜浜名湖鉄道と県道掛川森線を中心として南北に約5キロメートル、東西約1、4キロメートルの範囲に広がっています。東西には低い丘陵地を有し、中央部には原野谷川が流れています。この原野谷川の作った沖積平野の平坦部の南部には稲田が、北部には住宅地が開けています。学区の東西の丘陵地は、古代遺跡の多いことで知られ、早くから開かれた土地です。時代が下ってからは、塩の道、秋葉詣での街道筋として発展してきました。
子どもたちは、素直で明るく、あいさつや返事もよくできます。また、子ども同士の人間関係にも温かみがあり、安定した学校生活を送っています。地域も学校教育に関心が高く、地域の人材を活用した授業も数多く行われています。特に、クラブ活動では、多くの人材を講師に招き、折り紙や茶道、昔の遊びや絵手紙など特色ある活動が行われています。
授業の目的
今、私が担任している3年生の子どもたちは9歳。20年後には29歳になります。原谷を出て新しい地で生活する者もいるでしょう。また、原谷に残り、生活の基盤を原谷に築く者もいるでしょう。20年後の子どもたちの生き方は様々でしょうが、故郷、原谷≠ヨの思いは永遠に子どもたちの心の中に残っていくものと考えます。
そこで、私は、今を見つめた教育活動はもちろん、20年後・30年後を見据えた教育活動も考えていかなければならないと考えています。そして、20年後、子どもたちが原谷を思い出し、それが心の支えとなるような教育活動にしたい。これが私の第一の願いであります。
その為には、原谷を体全体で感じることができる活動を行うことが必要です。自分の足で歩き、自分で体験したことによる気づき≠ェ、普段何気なく生活している原谷のよさを再発見することにつながっていきます。
また、原谷と子どもたちを結びつける学校での活動も意図的に取り入れていきたいと考えました。
これらの活動を通し、地域の人と子どもたちが顔見知りになり、学校以外の場で気軽に言葉を交わせるようになればと思います。。
私は、「20年後の原谷を担う子どもたちを地域(原谷)からお預かりしている」という立場に立ち、原谷と子どもたちを結びつける教育活動を考えていきたいと思いました。それを前提として、「20年後の原谷を担う人材づくりをめざした教育活動」を展開していきました。
授業の進め方
総合的な学習が始まり、地域の素材・文化や地域の人との交流を取り上げた教育活動が改めて注目されています。しかし、時間的な制約やスケジュールの調整の難しさなど様々な理由から、単発的なものに終わってしまっているように思います。
そこで、以下の仮説に基づき、研究を展開していこうと考えました。
【仮説1】
体験・体感≠キーワードに、1年間を通して、原谷の「人・もの・こと」にかかわり交流する活動を継続していくことで、原谷のよさを再発見し、原谷の温もりや有難さを体全体で感じることができるのではないか。
【仮説2】
祖父母との交流が中心であった従来の活動をを見直し、20代・30代の、原谷地区において現役で活動している若い人との交流を、年間を通して何回か行っていく。20年後、地域の中堅となる子どもたちと、地域のまとめ役となる20代・30代の若い人たちが、交流を重ねることで顔見知りになり、学校以外の場で気軽に言葉を交わせるようになることが、原谷と子どもたちを結びつけていくことになる。
授業の展開
@原谷の周りには、茶畑がいっぱい
春の遠足において、『塩の道』や秋葉常夜燈などが原谷に残ることを知った子どもたちは、自分の知らない原谷を見つける楽しさを味わうことができました。
1学期、社会科で最初に取り組んだことは、「原谷を知ろう」をテーマに、小学校を中心にして、東西南北を自分の足で歩き回り、地図にまとめることでした。学校の周辺は、区画が整った水田が拡がります。学校を起点にして、東、西、北(北東)に少し歩くと小高い山(丘)にぶつかり、そこを上ると広大な茶畑が拡がっています。自分の足で坂道を歩き、疲れた末にたどり着いたお茶畑を見ることで、体で原谷を感じることができたのです。子どもは、『高い所には茶畑が多く、低いところは田んぼが多い。』、『(原谷では)田んぼをぐるっと囲むように茶畑がある。』とノートにまとめています。普段何気なく生活している原谷の地形的な特徴に気が付いた瞬間です。
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| 茶工場を見学する子供たち |
また、お茶畑にある“扇風機≠フようなものの存在に気が付き、疑問に思った子どもが多かったです。そこで、「お茶」を手がかりにして原谷を知ることにしました。
そして、6月。地域にあるお茶工場を見学し、初めてお茶の葉が、普段飲んでいるお茶に変わっていく過程を、驚きをもって見入っていたのです。初めて見るお茶工場、初めて見る機械の数々。子どもたちは、原谷地域にいくつか存在し、当たり前のように目にしていたお茶工場の中を自分の目で見たことで、ますますお茶に対する興味を深めていったのです。
A初めてのお茶摘み体験
9月になり、『お茶のお世話』をテーマに学習は進んでいきました。お茶に対する興味が深まった子どもたちは、高い目的意識を持って学習を深めることができました。そんな中で、「お茶農家では、1月・2月はどんな仕事をしているのか。」など、教科書や本では解決できない問題もいくつかでてきたのです。
そこで、実際にお茶畑を見て、お茶農家の方と話をし、自分の手でお茶の葉を摘んでみることにしました。原谷では、お茶畑が至る所に存在し、子どもたちは登下校、遊びのなかで自然にお茶畑を目にしていますが、実際にお茶畑に足を踏み入れ、お茶摘みを経験したことがある子はほとんどいなかったのです。多くの子が期待を持って当日を迎えたのです。
初めてお茶畑に入った子どもたちの第一声は「(土がふかふかで)やわらかい」でした。茶畑の土に触れ、よく手入れされた茶畑に驚く子も多かったです。また、「害虫が発生したらどうなるの。」という質問に対し、「害虫が発生したらもうその茶畑は終わり。お茶の葉は売り物にならない。そうならないためにも定期的に農薬をまいているんだよ。」という農家の方のリアリティーのある答えに対し、子どもたちはお茶農家の取り巻く厳しい現実の一端を垣間見ることができたのです。
また、30分ほどでしたが、お茶の手摘みを体験することができました。「一芯二葉」で摘むことや汚い葉を混ぜないことなどを教えていただいた後、初めてのお茶摘みにチャレンジしました。スーパーの袋一杯になったお茶の葉を示し、「これでいくらくらいになるのですか。」と質問した子がいました。「秋冬番だからね。1円か2円かな。」という答えに子どもたちは大いに驚きました。教科書には載っていないことです。41人が摘んだお茶の葉を集めるとだいたいお茶の出荷袋1袋になりました。
次に乗用茶刈り機を使ったお茶の刈り取りの様子を見せていただきました。41人が30分をかけて摘んだお茶の葉が、乗用茶刈り機ではものの2〜3分で刈り取れてしまったのです。これにも子どもたちは大いに驚きました。
初めてのお茶摘み体験は、子どもたちにたくさんの驚きを与えました。そして、その驚きが次のポスターセッションの原動力になっていったのです。これらの体験ができたのも、お茶農家の守屋さんの存在があったからです。
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| ぼくらのゲストティーチャー守屋さん |
B守屋さんとの交流を通して
守屋さんは、原谷に住む20代後半のお茶の専業農家の方です。農協の青年部の代表も務め、学校と地域農家の連携を深めていきたいという思いを持っています。昨年、2年の時にも稲の栽培でお世話になり、子どもたちも面識があります。そして、私の中学時代の一年後輩でもあります。
4月になり、今年度3年生を担任するにあたり、一年間を通じて授業に参加していただけるように電話でお願いしました。5月末、学校において第1回目の打ち合わせをしました。その場で、一年間を通して何回か授業に参加してもらいたいこと、お茶摘みの体験をしたいこと、乗用茶刈り機などの機械を見たいこと、連絡方法などを確認しました。守屋さんの側からは、1学期は新茶、2番茶と続きスケジュールの調整ができず、10月の上旬、地区の祭典明けが望ましいことが提案されました。守屋さんは現役バリバリの専業農家で、農協や地区の仕事も数多く抱えます。今後は守屋さんの都合に合わせて授業を計画していくことにしました。
これらの打ち合わせの結果を受け、年間の授業予定を変更し、2学期にお茶の授業の中心を持っていくことにしました。以後も、連絡を取り合い、細かい内容を詰めていきました。こちらが授業の目的と内容を伝えると、逆に守屋さんの方から「手摘みと乗用茶刈り機の両方同時に見られるようにしたら。」などの提案もしてくださり、それが活動に厚みをもたらせてくれました。
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| 蒸したお茶っ葉あったかいな |
守屋さんには、6月の大豆の畑づくり、10月のお茶摘み体験、11月のポスターセッションへの参加、12月のお茶料理パーティーへの招待など何回も学校に来ていただきました。
ポスターセッションでは、守屋さんも子どもの発表内容のレベルの高さに驚き、その場で子どもから出た質問に答えたり、さらに詳しく補足説明をしてくださったりと積極的に参加していただくことができました。子どもたちも、自分の疑問に、その場で答えていただけるとあって、意欲的に発表することができました。何より、守屋さんに聞いてもらえるんだ。≠ニいうことが子どもたちの意欲を駆り立てていたのだと思います。
また、12月には、手もみ保存会の方を招き、お茶の手もみ体験を行いました。軽トラックの都合がつかず困っていると、道具の運搬を原谷農協にお願いしてくれたり、帰りの運搬には自分のトラックを出してくださったり、手もみ保存会との連絡などにも協力していただいたりと、守屋さんのおかげでスムーズに実施することができました。
守屋さんの持つノウハウや資材、人的つながりによって、従来の学校だけでは実現が難しかったこともできるようになり、学習活動の幅が広がっていったのです。
授業の成果
第1は、子どもたちと守屋さんが顔見知りになったことです。地区の祭典や運動会において、「お、原谷小の3年生だな?」「あ、守屋さん!」などの会話が何度も交わされたそうです。子どもたちと守屋さんを結ぶことができたことが何よりの成果であると思います。20年後、成長した子どもたちと地域のまとめ役として活躍する守屋さんが力を合わせ、原谷を盛り立てている姿を想像すると胸がわくわくしてきます。
第2は、点の活動から線の活動へと変えることができたことです。単発で終わりがちな活動ですが、守屋さんとの交流の場を、複数設けることで、活動と活動、交流と交流がつながり、学習の質も内容も深めることができたと思います。
今後の課題としては、この線の活動を今年度で終わらせず、次の活動、またその次の活動へとつなげていき、線の活動を綱の活動にしていくことです。
そして、小学校6年間を通して積み重なっていくことで、その綱が、20年後に、その子と原谷を結ぶ『絆』となるでしょう。
協力・掛川市青年部 原谷支部